ロリータ・ファッション 

ロリータ

ファッション  (ロシア語: Мода Лолита)  とは、日本独自のファッションを中心

としたムーブメントである

[4]

。少女のあどけないかわいらしさ、小悪魔的な美しさを表現

したスタイルであり、欧米文化

[4]

への憧れと想像力をエンジンに、懐古的でありながらも

全く新しい日本独自の解釈を加えた、ティーンを中心としたストリートファッション

[5]

ある。日本だけではなく、諸外国からも注目を集めている

[4][5]

。またはそれらを好み着用、

または着用することを主義とした人の総称。ロリィタとも

[6]

。ロリータファッションは「大

人の少女服」と形容されることもある

[7]

。 

概要 

ロリータファッションは東京や大阪などの日本の都市部で 2000 年代に急増し
た、過剰に華やかで、膨らんだスカートに象徴される少女的な志向のストリ
ートファッションのことであり、ひときわ目立ついでたちの為に、ストリー
トファッションの中でも特別な存在感を持っている

[8]

。バロック、ロココ、

ヴィクトリアンといった確実な歴史の記録と、少女時代に憧れたお姫様の物
語のイメージが混在しており、ロリータ衣装道楽

[9]

では「欧米とは宗教文化

も生活様式も違う日本だからこそ、リアルとフィクションをない混ぜにし
て、自由なスタイルを編み出すことができた」としている。 

ロリータファッションは本来、自分本位なものであり、女性のおしゃれの基
準は、男性の評価によるところが大きいという見方もあるが、ロリータは人
の 評価や世の流行は意に介さず、ただ自分の好きな服を着るのがロリータで
ある。が、現在では多くのブランドが立ち上げられ、着こなしにも幅が出る
ようにな り、ブランドそれぞれの個性が発揮されながらも、そこには 1 つの
「様式」が定まりつつあるという

[10]

。 

「ロリータ衣装道楽」や「ロリータ衣装道楽 II」は、その様式と法則性につ
いて考え、定番的なアイテムを例にとりあげつつも、「一通りの「様式」に
目を通した上で、あえてそれを破ってみることもおすすめします。」と記述
している

[10]

。 

主に白・ピンクを基調とした、幼児的なフォルム、フリルやレースなどが過
剰にあしらわれた、西洋のお伽噺の世界から抜け出してきた「お姫様」のよ
うな前近代のヨーロッパの少女のドレスのデザインにも似たスタイルを指す

[2][3]

、嶽本野ばらのようにガーリーファッションもロリータファッションに

含めて使用する人もいる

[6][11]

。 また、ロリータブランドのアイテムを少しだ

けファッションに取り入れたり、ロリータブランド以外のアイテムを組み合
わせたコーディネートもあり、「ロリー タ衣装道楽 II」では部屋着(アン
ダーウエア、ナイトウエア含む)を中心にロリータファッションの愛好家の
好みそうなものを紹介している

[12][13]

。カジュアルラインのアイテムを発表す

るロリータファッションブランドもある

[14]

。 

また、ロリータの愛好家の間にだけ強く共有されている、独特の「ロリータ
文化」

[15]

が存在しており、それがロリータと他のストリートファッションム

ーブメントを峻別している

[8]

。 

ロリータファッションはその外見のインパクトのためしばしば好奇の目で見
られ、メディアにも取り上げられている

[16]

。ロリータファッションのユーザ

ーの洋服への熱意を掬い取るような雑誌は 2000 年を境に急増しており、また
インターネットによっても手軽に調べることができる

[17]

。 

名称の意味 

「ロリータ」の語源はウラジミール・ナボコフが 1958 年に発表した同名の小
説に登場する、中年の文学者に一目惚れされ、それを翻弄する 12 歳の美少
女・ドロレス・ヘイズのドロレスの部分を変形した愛称(ニックネーム)の
1 つである(なので、作中ではドリー、ローなどとも呼ばれている。)。ま
た、この作品に由来して、「10 代前半位の少女に特別な感情を抱く人」をロ
リータコンプレックスと呼ぶこともある

[18][19]

。このドロレスという少女は少

女期特有の妖しい魅力を持った魔性の少女であり、中年の文学者ハンバー
ト・ハンバートを翻弄し、破滅に導く

[20]

。 ナボコフはロリータの定義を年齢

的に幼く(10 代前半位)、言動や容姿が小悪魔的でコケットリーなニンフェ
ット(ニンフ)でなければならないと細かく定義したが、日本において「ロ
リータ」という言葉は、ニンフとはほぼ逆の「実際はもう大人なのに、童顔
ゆえに幼く魅せている女性」か「本当にまだエロスの欠片も身体に宿してい
ない少女」を指す

[19]

。 嶽本野ばらはロリータを語る際は、ナボコフの定義し

たロリータと、そこから派生し裏返ってしまった日本独特のロリータの解釈
を整理しておかなければ論点が どんどんずれていき、混乱してしまうとして
いる。そのため、嶽本野ばらは日本的解釈のロリータをロリータの基本とす
ると述べた

[19]

。しかし、「ロリータ衣装道楽」では「少女の小悪魔的な美し

さを表現したスタイル」と説明しており

[21]

、ロリータには「死」の匂いがす

るとも語っており

[22]

、どうやらロリータファッション自体も単純に純粋無垢

(イノセント)であるとは言いがたいようである。また、嶽本野ばらが著書
「パッチワーク」でロリータの源流として紹介しているブランド「MILK」

[23]

の ディレクター・大川ひとみによれば、MILK のデザインは「女の子だから
可愛く、ちょっとポワーンとしていて天使っぽいところに、悪魔っぽいとこ
ろを持っ ている女の子のイメージ」または「子供っぽいところを残した艶や
かな大人の女性」のイメージで作られており、「天使の皮を被った悪魔」を
意識しているとい う

[24]

。 

性的嗜好としてのロリータ・コンプレックスは「少女(あるいは少年)」そ
のものに対する性的執着であるが、ファッションとして「ロリータ」という
場合は少女趣味的な志向に基づく服装の系統を指す(「ロリータ」の名称と
の直接の関連性は不明である)。 

ロリータ・ファッションとロリータ・コンプレックスの違いは、ロリータコ
ンプレックスには性的対象となる魅惑的な少女には「ロリータ」と別に呼び
名があり、ロリータ・コンプレックス自体は「ロリータ的美少女を好む人
間」を指すが

[6]

、ロリータファッションは「少女的な志向のストリートファ

ッション」と「少女的な志向のストリートファッションを好む人間」を区別
しておらず(あるいは、今のところ区別する言葉がない)そこら辺に違いが
あるのかと思われる

[8]

。また、小説では少女ロリータは奔放でインモラルな

存在として描かれているが、ロリータファッションは過剰な露出をしない

[23]

など、性に関するストイックさへの執着や、さらに進んで性的なイメージへ
の忌避が強く感じられるという違いがある

[20]

(ただ、「ロリータ衣装道楽」

の頁 109 でのロリータブランド・Victorian maiden の説明文に「愛らしさだ
けではなく、アンニュイな陰りと知的なエロスをも感じさせる」とあり、小
説のロリータ程ではないにしても、多少はそういった要素を内包したコーデ
ィネートやブランドも存在しているようではある

[25]

)。また、ナボコフの定

義との違いに年齢制限(10 代前半位

[6]

)があるが、これは愛好家のことでは

なく、「服装のイメージ」だけを指すのならば当てはまり、矛盾はしない
(しかし、ロリータファッションの愛好家には中学生や

[26]

、子供服ブランド

である「Shirley Temple」などの延長としてロリータファッションを選び始
めたものもいる

[26]

)。 

なお、ウラジミール・ナボコフ原作の「ロリータ」はこれまでに 2 度映画化
されているが、最初の映画化作品であるスタンリー・キューブリック監督の
1962 年の映画版「ロリータ」(脚本は原作者であるウラジミール・ナボコフ
本人が書いている。)は当時の検問・規制もあってか原作とは雰囲気が異な
っており、ファッション性が高く、ロリータを演じた当時 15 歳の主演女優ス
ー・リオンは原作と違って、ロリータではないものの赤いハート型のサング
ラスに代表されるキッチュで少女らしさ全開の“ブリブリ系” ファッション
に身を固めており、原作とはやや趣の異なるニンフェットを演じている

[27]

なお、ナボコフのニンフェットは 9 - 14 歳までの一部の少女のことであり、
15 歳はニンフェットには入らないはずである。実際、作中で 15 歳になった
ロリータをハンバートが疎んじているシーンがある

[28]

。 しかし、作中ではロ

リータは 12 - 16 歳の頃まで描かれるため、小説全体を通してみるならば、
役柄としては一応当て嵌まっている。なお、1995 年 3 月 16 日の日本経済新
聞は当時日本で流 行していた原色系のロリータスタイルとこのキューブリッ
ク版ロリータは共通していると指摘している

[29]

。また 1995 年当時はイギリス

の Shampoo と いう 2 人組のアイドルグループがこのキューブリック版ロリー
タを彷彿とさせる少女的なカラフル&キッチュなファッション、甘ったるいボ
イスで反社 会的なパンク・ロックを歌い、注目を集めており、日本的独自解
釈のロリータに近い活動をしていた。もっとも、当時の HMV 心斎橋店によれ
ば甘ったるい声と スタイルは共通するが、音楽的な分類はできないとのこと
である

[29][30]

。 

この区別の為にしばしばファッションにおけるロリータをロリィタと表記す
る場合もある。また、V 系音楽の歌詞や、椎名林檎の旧字体を使用する歌詞

を好む一部の愛好家が、主にネット上を中心に個性の一環(演出)として旧
字体を好んで使用する場合があり、ロリータも歴史的仮名遣でロリヰタと表
記する。「ヰ」 は平安中期までは「う」に近い半母音(wi)と母音(i)との結
合した音節で、「うぃ」(wi)と発音する文字であったが、後にア行・ヤ行の
「い」と混同 され、現代では「い」(i)の発音と同音である。なので「ゐ」
または「ヰ」は「うぃ」とも「い」とも発音する言葉であり、現在では文法
的にも間違いではな い

[31]

)。使用例としては少女-ロリヰタ-23 区(ヴィジ

ュアル系バンドの名称)等がある。なお、嶽本野ばらの著作に「ロリヰ
タ。」が存在しているが、これはロリコンとロリータ服を題材にした物語で
あり、ロリコンとロリータを区別した「ロリィタ」や本来の「ロリヰタ」と
は正反対の意味である

[32]

。 

2004 年頃から、世間一般ではロリータの名称よりも「ゴスロリ」という表現
の方が親しまれており、「ゴスロリ」がロリータファッションの総称のよう
に扱われているが

[33]

、実際は逆でゴスロリはロリータファッションの中の 1

種類であり、ロリータファッションの中でも「ゴシック」の要素を含んだも
ののみを「ゴシックロリータ」と呼ぶとする説がある

[34]

(しかし、中にはゴ

シック・ファッションの傍系である、バンドコスから生まれたと主張する愛
好家も根強く存在する

[35]

)。従って、本来は「ロリータファッション」の方

が甘ロリやゴスロリを含めた総称であるとする説がロリータファッションユ
ーザーの間では有力なようである

[34]

。 

また、単に服装だけを「ロリータ」と指して言うだけではなく、「私、ロリ
ータなんです。」と自己紹介する際にも用いられ、ロリータファッションを
好む人間自身を指す言葉でもあり、愛好家のアイデンティティを表現する言
葉でもある

[8]

。 

愛好者に関して 

現在「ロリータ」と呼ばれる愛好家やファッションの原型は、1970 年代前半
から 1980 年代後半にかけて存在していた「MILK」の愛好家

[2]

や オリーブ少

女、ナゴムギャルであり、これら「少女」を彷彿とさせるファッションやそ
れらを好む「少女的」な人々を「ロリータファッション」「ロリータ少 女」
「ロリータ」と呼んでいた可能性もあるが、当時の「ロリータファッショ
ン」という言葉が指していたのは「装いや振る舞いが少女的である」という
ような 大雑把なもので、現在のような「典型的なスタイル」や「様式」はな
かった模様である

[36]

。しかし、嶽本野ばらは 1980 年代当時からロリータスタ

イルの定義がちゃんとあったと証言しているので真偽は不明である

[37]

。 

ファッションジャンルとして明確に把握され、区別された「ロリータファッ
ション」スタイルが登場し始めたのは 1990 年代初頭からと推測される

[38]

。 

一般にも広く知られ「流行」と認識されるようになったのは、1994 年と 2004
年であるが、1994 年にロリータロビンちゃんやナゴムギャルにより広まった

原色系のロリータファッションのスタイルと

[38]

、2004 年に下妻物語の影響で

認知された

[1]

現代的なロリータファッションのスタイルは微妙に異なる。 

このファッションの亜流ではないかと思われるゴシック・アンド・ロリータ
ファッションには、「ロリータの傍系である

[34]

」という説と「1990 年代中頃

にゴシックファッションの影響を受けたヴィジュアル系バンドのバンドコス
から生まれた(ゴシックの傍系である)

[35][39]

」 という 2 つの説があり、真偽

は不明である。しかし「1990 年代中頃のバンドコスから派生した。」との説
には、大槻ケンヂのように「1980 年代からその 原型は存在していた。」と
「1990 年代中頃説」に異論を唱える者がいる(宝野アリカは異論を唱えた訳
ではないが、自分自身が 1980 年代にゴシッ ク&ロリータを着て街を歩いてい
た、と「人造美女は可能か?」で記述している

[40]

)。そのためゴスロリはロ

リータの傍系と思われているが、「ロリータパンク」や「クラシカル系ロリ
ータ」と比較してもゴスロリはロリータの傍系の中では別格扱いされており

[35]

、愛好家だけではなく一般人からも特別視されているようである(詳細は

ゴシック・アンド・ロリータの#ストリート・ファッションとしてのルーツを
参照)。 

また、最近のメディアでは一括りに「ゴスロリ」と称されてしまうことも
多々あり、さらに酷い場合には、所謂アキバブームで有名となったメイド服
と混同されることもある。ロリータ・ファッションの女性はゴシック・アン
ド・ロリータやメイド服などのコスプレと混同されることを好まない者が多
い 

コスプレとはコスチュームプレイの略語で、仮装によってあるキャラクター
になりきる、演じることを指すが、その中でロリータファッションも「非日
常 への変身衣装」として扱われることがある。コスプレ(コスプレイヤー)
用として製造されたロリータ服は「非日常への変身衣装」であり、ファッシ
ョン性や愛 好家の好みよりも、コスプレとしての実用性やコスプレイヤーの
好み(コスプレ感覚)が重視されており、そのため視覚的な分かりやすさが
求められており、 「ロリータ」と分かりやすくするために、実物よりも特徴
が大味で極端なデザインが多く、男性の性的嗜好を満足させる類になると、
露出も増え、デフォルメが 目立ってくる。そのため、ロリータファッション
を「非日常への変身衣装」としてではなく、「ファッション」として愛する
人間は「仮装」「コスプレ」と形容 されることを嫌う

[41]

。 

また慶應義塾大学出版会の「人造美女は可能か?」において執筆者の 1 人で
ある宝野アリカが、ゴスロリとメイドは別物であり、ゴスロリ愛好者はメイ
ド との混同を嫌うと説明したことがある。 宝野アリカによればゴスロリ=
コスプレという図式が出来上がってしまったのはメイド喫茶のウエイトレス
がメディアで大きく取り上げられた頃からであり、宝 野アリカが初めてメイ
ドを見たのはテレビの報道番組特集からであるが、「どこかゴシック&ロリー
タ風」と言いつつも、猫耳をつけたメイド服の女性 がカメラを向けられて猫
のポーズをとる姿などを見て、「安っぽいお気楽な妄想と、勘違いとで溢れ
ていた。」「思わず突っ込みを入れてしまいたくなる。」な ど、当時(2006

年頃)かなり動揺していた様子が本の内容からも窺える。また、当時ゴシッ
ク&ロリータ少女に、メイドさんとか萌え子ちゃんなど と声を掛ける男性が
後を絶たなかったようで、ゴシック&ロリータ達はそういった性的な目線を屈
辱的に感じていたようである

[42]

。 

また、「人造美女は可能か?」のシンポジウム

[43]

で宝野アリカはメイド服で

女装

[44]

し たパネラーの 1 人である慶応義塾大学文学部教授の荻野アンナに、

「人造美女製造者としては、軽々しく男に傅くメイドは認められません。」
と発言し、メイド と人造美女である人形は別物であると説明した事があり、
男の欲望をそのまま表現するメイドと、自主的に、生身のまま人形を目指す
ゴスロリ少女とは別物であ ると話した

[45]

。また、宝野アリカは「男にとって

も、メイド美女より、人造美女を傅かせる方が、よほど密度が濃いはずで
す」とも言っている

[46]

。 

なお、コスプレでメイド姿と並んで人気があるのが巫女装束だが

[47]

、朝日新

聞出版・神田明神監修の「巫女さん入門  初級編」には現役の巫女にコスプ
レ巫女についてどう思うかインタビューしている箇所がある

[48]

。 ロリータフ

ァッションの愛好家はコスプレと混同されることを嫌うが、巫女も同様にコ
スプレ巫女と現役の巫女を混同されることを嫌っているようである。神田 明
神の巫女(をまとめるリーダー)によれば彼女はアニメなどに登場する巫女
装束はなんとも思わないが、コスプレをしている人をみると「変な格好をし
ている な」と違和感を覚えるらしい。しかし、あくまでもコスプレは違って
当たり前という認識があり、コスプレ巫女がきちんとした着付けをしている
方が、コスプレ ではなくなってしまうため、「自分たちも、(他者に)そう
いうふうな目で見られるのではないか」と嫌に感じるそうである。(その一
方、正しい着付けのアド バイスをしたくなることもあるようだ。)ロリータ
はきちんとしていないコスプレ用のロリータ服と自分たちの着ている服が混
同されることを嫌がるが

[12]

、 巫女はきちんとしたコスプレをされると混同さ

れるのではないかと心配になるようである。従って、仮にコスプレ用のロリ
ータ服が極端なデザインを辞め、きち んとした造りになったとしても、神田
明神の巫女と同じような反応に変わる可能性があり、ロリータがコスプレの
ロリータ服を嫌っている要因はデザイン性の悪 さよりも「「コスプレ用のロ
リータ」と「実際のロリータファッション」が他者に混同されること」にあ
るのではないかと思われる。 

また、嶽本野ばらは「パッチワーク」でロリータを日常着ではなく「特別な
日のためにあるお洋服・晴れ着」と呼んでいる箇所がある

[49]

。しかし、

「Fetish」ではお洒落でもあり正装でもあると説明していたり

[50]

、あやふや

な部分があるようにも見受けられる。 

一方、「セカイと私とロリータファッション」の著者・松浦桃は「ロリータ
ファッションもコスチュームプレイもあるロールをなぞる一種の「ごっこ」
遊 びの性質を帯びたゲームには違いない」と書いており、ロリータもコスプ
レの範疇に入る「メイドさん」もその洋服をまとって街にでれば「ファッシ
ョン」にな り、「生活」「日常」になるとも書いている

[51]

。しかし、メイド

さんは「特定の屋敷内で働く使用人」という仕事に従事するさいのユニフォ
ームであり、彼女らは「余暇の時間」はメイドではない。なのでメイドさん
はロリータよりも非日常的なゲームの要素が強く、ストリートファッション
に進出しにくい、と書いている

[52]

。それに反してロリータは「華やかなドレ

スを着たお嬢さま」(「お姫様」

[53]

、「前近代のヨーロッパの少女」という

記述もある。)などのより広汎なイメージを持っており、このイメージのあ
いまいな大きさが、ロリータをファッションにまで拡張することを可能にし
ていると書いている。 

しかし、「ロリータ衣装道楽」は前述のようにコスプレのデザイン性の極端
さを指摘し、ロリーファッションの愛好家はコスプレと形容されることを嫌
う、と明言している

[54]

。 また、宝野アリカはコスプレの一環としてのゴスロ

リやメイドについて、「全否定する訳ではない」「彼らの中にも私の歌を聞
いてくれる子がいると思えば、姉 のような気持ちで見守る寛容さだって持ち
合わせている」とコスプレ側に配慮しつつも、「かつての友、アリスの末裔
たちこそを愛する」と続け、「インチキ ナースや制服やアニメのキャラクタ
ー衣装と共に売られるゴスロリ服の化繊のレースやごわついた布地に、けし
て高潔で孤独なる思想は包み込めはしない

[55]

」と「ロリータ衣装道楽」と同

様にコスプレ服のデザイン性の悪さを指摘した。 

なので、恐らくはロリータの愛好家はコスプレと形容されることを嫌ってい
るものの、ロリータがコスプレかファッションなのか、それとも「セカイと
私 とロリータファッション」が言うようにその両方の性質を帯びているのか
は愛好家の間でも意見が分かれているようである(電撃文庫・伏見つかさの
「十三番目のアリス 2」 で戦闘メイド・悠里のキャラクター設定を見た電撃
の編集が「ゴスロリじゃないじゃん」と発言しており(この作品には九条院
アリスといった、ゴスロリ設定の キャラクターが多い。)、結果的には悠里
のキャラクター設定は通ったが、2006 年頃の電撃文庫編集部内には「ゴスロ
リとメイドは別物」という認識があっ た模様である

[56]

)。 

ロリータの愛好家は「萌え」などの異性からの性的な視線に対して冷たい態
度をとることがある

[57]

。理由は、たとえそれが親しい異性であっても、異性

の性的な目線からの「それはかわいくないと思うな。」「こっちの方がいい
と思うな。」という言葉に、人間は揺れやすいため、ロリータを制限してし
まったり、抑圧されたりすることを意識しているからである

[58]

。また、こう

いった「異性にもてること」や「学校・勤務先の環境」などの拘束から解き
放たれたいという感覚や、自分の意図しない方向性で見る視線が入り込んで
くることで感じる、ある種の面倒さのためでもある

[59]

。 これは女性だけでは

なく男性のロリータファッションの愛好家も感じているようで、例えば嶽本
野ばらも著作で「手料理を作る女性」の裏側にある欲望を批判し ていたり、
恋人の好みのファッションや、あまり好きではないのに友達のファッション
を真似てしまう人などは乙女とはいえないとも言っている

[60]

。 なお、嶽本野

ばらは作中で執拗に直接的な性描写をしているが、これは野ばらがジョルジ
ュ・バタイユの著作「エロティシズム」で書かれた死とエロティシズム の関
係に感銘を受け、やや考え方が変わった影響によるもので、意外にも嶽本野

ばらは思春期の頃は性への欲望を憎んでいたそうである

[61]

。また、嶽本野ば

らは「Gothic&Lolita Bible vol.1」で元祖ロリータとして戸川純を紹介して
いる

[62]

。松浦桃によれば、戸川の演じるロリータはいつも性を求めているの

だが、それと同時に「純潔」を演じることに対する凶暴性をも秘めている

[63]

。また、戸川は思春期の少女やアンドロイド、娼婦などのモチーフを繰り

返し書いている

[64]

。また、嶽本野ばらの「それいぬ」には乙女の性欲につい

て書いている章があり、嶽本野ばらによれば乙女にも万人と同じく性欲はあ
るのだが、立派な乙女の場合、性欲はストレートな形を持って放出されず、
現実と観念の狭間で乙女の性欲は迷宮を駆け巡るのだそうである

[65]

。 

主に 10 代から 20 代の若い女性が着るファッションと認識されているが、ギ
ャルや、モード系、さらには森ガールなどのロリータ以外の若者服にも見ら
れるように、中には 30 代から 40 代、さらにはそれ以上の年齢層の人間も好
んで着る場合があり、その場合はクラシカル系ロリータが、派手な装飾が少
ないため人気が集まりやすい。 

また、ロリータ・ファッションの愛好者は、ロリータ・ファッションを卒業
した後も、個性的な服装を続ける場合がよくあり、流行りのモダン着物のよ
うな大正ロマンな 趣のあるレトロなファッション・ロリータ要素の殆どない
純粋なゴシックファッション・ヴィヴィアン・ウエストウッドのスーツなど
のトラッドな服装・「マダ ム」と称されるような、フェイクファーを多用し
たフェティッシュかつゴージャスな服装・またはエミリーテンプルキュート
やミルクのようなロリータ要素のあ るカジュアルや、カントリーテーストの
ピンクハウスに移行しやすい。 

また、男性にもロリータ・ファッションの愛好者は存在しており、代表的な
人物が MANA や嶽本野ばらである。男性のロリータ・ファッションの愛好者の
場合、完全な女装で、なおかつコスプレではなくファッションとしてロリー
タを楽しんでいる場合と、嶽本野ばらのようにロリータブランドの服を男性
向けに着こなしている場合があり、メンズ・スカートを用いることもある。
なお、嶽本野ばらは著作「それいぬ」において、自分はよくホモセクシャル
(同性愛者)と間違えられるが、れっきとした異性愛者であると書いている
(野ばらはそう思われても構わないが、弁明すべきなのか困っていた

[65]

)。 

なお、ロリータ・ファッションの要素を取り入れた子供服も存在するもの
の、それらはコンセプトの似た系統である姫系や、ピンクハウス同様、別の
要素のあるドレスなどにロリータ服の要素を取り入れたものにすぎず、シャ
ーリーテンプルなどに代表されるロリータの要素のある子供服は、ロリータ
ファッションとは形状・デザインの細部が異なり、ヘッドドレスやボンネッ
ト等は使用されない。[1]さらに、一部パーティー用にコスプレ向けの安価な
デザインの服を「ゴスロリ着物ドレス」「ロリータ子供服」と称して販売す
るケースもあり、注意が必要である。そのため、子供服を親が自作するケー
スもままある。 

ピアノの発表会などで少女が着るような服ともされるが、それらはまた服の
意匠など細部が異なる。さらには、ビスク・ドールといったアンティークド
ールのようなファッションであるともいわれるが、いわゆる西洋のビスクド
ールのドレスはネグリジェのようにウエストを強調しない、ゆったりとした
ベビー服が一般的であり、ロリータ服のシルエットとはまた異なる。 

また、ロリータファッションのイメージソースは西洋由来のものであるとい
われることもあるが、姫カットやパニエで膨らんだ鳥かご型のスカートなど
は「それいゆ」などの日本の少女雑誌でも好まれた要素であり、そういった
日本の少女雑誌や、大正時代の少女向け雑誌のイラストなども参考にされて
いる可能性がある。 

ロリータファッションは様々な少女のイメージが重なって生まれた服装であ
ると言える。 

嶽本野ばらによる愛好家の考察 

嶽本野ばらは乙女のカリスマなどと呼ばれているが

[66]

自分にはリーダーシッ

プはなく、またロリータを先導しようとしても無理であり、ロリータは自分
勝手に生きていくもので、自分が納得できないことに対しては全く聞く耳を
持たないため、ロリータ同士が一致団結することはあり得ないと書いている

[66]

。また、嶽本野ばらは同じロリータでも奈良美智の描く少女イラストを

「可愛い」と誉めそやすロリータは理解できず、困ってしまうと書いている
(可愛いと認めはしないが、奈良美智の描く少女像は「僕の描き出す乙女の
姿と酷似している。」と多少は肯定しており、彼の奈良美智に対する嫌悪感
は同族嫌悪である、と述べている。

[67]

)。 また、それぞれのロリータが自身

の中に自分で作り上げたロリータとして生きるための定義を持っており、ロ
リータはその定義に従い、これは好き、これは嫌 い、これは可愛く、これは
可愛くないと様々なものを選別していくのがロリータである。しかし、なぜ
か流儀は違えど全てのロリータがこよなく愛するものが奇 跡的に存在してお
り、それがルイス・キャロル著の「不思議の国のアリス」であるという。し
かし、嶽本野ばらによればアリスはロリータのバイブルではなく、 本の内容
よりも、ロリータの関心を引いているのはマクミラン社から出されたオリジ
ナル版の「不思議の国のアリス」に付けられたジョン・テニエルによる挿絵 
の方であると書いている

[66]

。 

『年齢』とロリータファッション 

フリル全開、過剰な少女趣味のロリータファッションは、西洋では日本程は
支持されていない。理由は、西洋のティーンたちは常に背伸びをするから
で、彼女たちは成熟を目指し、可愛いといわれるよりもセクシーと誉められ
ることを望むからであると嶽本野ばらは書いている

[5]

。 ロリータ系ブランド

の顧客は主にティーンであるが、中にはティーンを過ぎても、ロリータを捨

てられない者もおり、中にはロリータを装飾過剰でいただけない と思ってい
た母親が、ロリータの娘の影響を受けて、親子揃ってロリータファッション
に嵌ってしまうケースもあるという。なお、年配の女性がギャルやロリー タ
ファッションに憧れてしまう理由として嶽本野ばらは「可愛いから」と語っ
ており、難しい思想や主張は存在しないのだという

[68]

。 西洋人から奇異に思

われるストリートファッションには他にギャル系ファッションがあるが、ロ
リータとギャルは様々な面で相反する存在であるものの、ギャル の中にもロ
リータと同じくティーンを過ぎてからもギャル服を愛用するものがおり、ギ
ャルの聖地・渋谷の 109 には年配の女性の姿もちらほら見られるとい う。し
かし、世間の目はティーン以上に厳しいとも言われている

[5]

。嶽本野ばら自

身も成人した男性であるが、ロリータファッションを愛好しており、親

[69]

ら批判されているという

[70]

。嶽本野ばらは西洋の女性が社会人としてのアイ

デンティティを確保しなければならないと考えるのは立派であるが、洋服を
選ぶ際まで社会に就いて考えなければならないのは不自由ではないか、と批
判しており

[71]

、ティーンを過ぎてもロリータファッションを愛し続けるため

には自分の感性や価値基準に絶対的な自信と思い入れを持っていなければ難
しいとも語っている

[72]

。 また、後のインタビューによれば、嶽本野ばらは若

い頃は自分が世間から特別視されているのを理解できていなかったが、大人
になってから色々と迫害されてき たことに気付き、母親に「何でこんなにな
るまで放っておいたの?」と修正しなかったことを訊ねたところ、母親は最
初は何度か修正しようとしたが、治らな かったため、「生きてりゃ十分だ」
と諦めたそうである

[73]

(ま た、嶽本野ばらはカントリーや PINK HOUSE を著

作「それいぬ」の「カントリーなんて糞くらいあそばせ!」で批判していた
が、その一方でカントリーに少し惹かれてしまったことを自己批判し ていた
り、さらには意見が変わったのか「パッチワーク」の「キャリアを越境する
自由と意志」の最後で全身 PINK HOUSE の年老いたご婦人を誉めている

[72]

)。

また、嶽本野ばらは小説家であるが、親は左翼を嫌っており、本を読むと左
翼になると両親が思い込んでいたため、幼い頃は小説を読むのに苦労したと
のことである

[74]

。なお、嶽本野ばらは「それいぬ」の「皇室礼賛」におい

て、自身を右翼的な人間であると書いている

[75]

。 

ロリータファッションを始めた年齢は様々だが、最も多く聞くのは、親には
「着て欲しくない」といわれることが多いためか、自分の小遣いで服を買い
始める高校生から大学生くらいの時期のデビューである

[76]

。一方で中には身

長 150cm を越えた頃には既にたくさんのロリータファッションが揃ってい
た、という人もいるという

[26]

。 

また、ロリータファッションの愛好家には会社員

[77]

や、営業事務に携わる人

[78]

手作りの洋服の販売を手がける一児の母など、様々な職業の人がいる

[79]

。 

発祥と展開 

「ロリータ」という言葉に少女性を象徴する概念を付与する用法は、ウラジ
ーミル・ナボコフの小説『ロリータ』に由来する。「ファッション」とは通